おすすめ作品:江崎とし子
アルバム「Eight children」(MGTE-082083) 2008年2月8日発売
江崎とし子さんは、羽毛田さんの音作りには欠くことのできないボーカリストです。
今作には羽毛田さんは参加していませんが、このサイトにとってもなくてはならないアーティスト、江崎さんの作品ですのでレビューを書くことにしました。
さて、江崎さんのバックグラウンドボーカリストとしての羽毛田さんとのお仕事をさかのぼってみると、
・NHK「地球白書」テーマ曲(「image 2」「PRESENTS」収録)
・日経スペシャル「ガイアの夜明け」イメージアルバム
#2「愛にみちて〜amoroso〜」 #3「夢の風」 #5「私を泣かせてください」
・鬼束ちひろ1stアルバム「INSOMNIA」
「イノセンス」「BACK DOOR(Album Ver.)」「We can go」「call」
「螺旋」「眩暈」「月光(Album Ver.)」
・鬼束ちひろ2ndアルバム「This Armor」
「ROLLIN'」「茨の海」
・華原朋美アルバム「NAKED」
m-04「哀しみの向こう」 m-09「しあわせの道」
・中島美嘉アルバム「MUSIC」
#7「Shadows of you」
思いつくだけでもこれだけあって、そしてソロとしてもアニメ「ポケットモンスター」のエンディング曲やCMなどで活躍されている超実力派のシンガーなのですが、そのボーカルの実力もさることながら、私がとても驚きかつ感服したのが、ソングラターとしての素晴らしさでした。
羽毛田さんがインディーズ時代からプロデュースを手がけ、このサイトでも2005年秋の初ポップスアルバム「マテリア」発売以来クローズアップしてきた奄美大島出身のシンガー、中孝介さんのメジャーデビュー前後の主要曲を作詞、または作曲したのが江崎とし子さんだったからです。
特に、「マテリア」にメインの楽曲として収録され、東京のFM局J-WAVEの夜の番組「JAM THE WORLD」のエンディング曲に抜擢された「家路」は、放送されると同時に問い合わせ殺到だったというくらいリスナーの心に強く残る作品でした。
私にとっても、この「家路」はとても思い入れの深い曲。ちょうど「マテリア」が発売されたころは、実家の父の体調が加速度的に悪化し、死の淵とはこのことかと思うくらいの状態になった時期でした。週末を故郷の父の病床で過ごし、週明けに東京に戻るというハードスケジュールを繰り返していたころ、疲れと不安、そして苦しむ父の姿を思い出しては眠れなくなっていた私のかちかちの脳みそが、ふとベッドに入る前にこの歌を聴いてみたことですーっと軽くやわらかくなり、身体の力が抜け、とても心地よい状態で眠ることができたのでした。その夜以来、この歌を聴きながら眠るのがその頃の私の日課となりました。
父が奇跡的に回復することができた今から思えば、なんだかなつかしい話ですが、そのときの不思議な体験は忘れることができません。中孝介さんのアイリッシュ・ホイッスルのような郷愁感あふれる声の効果ももちろんですが、この楽曲のもつ力というか潜在能力というか、それがとても不思議でなりませんでした。そして、コーラスでおなじみだった江崎とし子さんというアーティストは、すばらしいメロディーメーカーでもあるんだ、ということを知った瞬間でした。
その後中さんのメジャーデビュー曲をはじめ、現在ライブでもよく歌われている代表曲を提供し続けた江崎さんですが、今年それらの他のアーティストに提供した曲を集めてセルフカバーアルバム「Eight children」をリリースする、というニュースを羽毛田さんファンでもあるまるちゃんから教えてもらい、
これはぜひ聴いてみたい!と、すぐに予約しました。こんなに強い関心を持って何かのCDを聴いてみたい、と思ったのは、羽毛田さんのソロアルバムが出たときぐらいだと思います。
何度か行った中孝介さんのライブでもオーディエンスを魅了していたあの楽曲の数々を、生みの親である江崎さんが歌ったらいったいどんな印象になるんだろう?男声から女声に変えて歌われるというのも、いったいどんな感じになるのかとても興味がありました。
「Eight children」 (MGTE-082083)
直筆のメッセージとともに2月初めに届いた江崎さんの3rd.アルバム「Eight children」は、京都出身の江崎さんらしい「和」なテイストで女性らしい色合いのジャケットで、帯には羽毛田さんと中孝介さんの推薦文の一部が書かれていました。(推薦文の全文は江崎さんの公式ウェブサイトに掲載されています。)
私の仕事はいつも2〜3月が1年で一番忙しくなります。今年も2月からデスクに座りっぱなしの日々で、アルバムが届いた日も仕事が山積みだったので「CD聴きながら仕事しよう…」とエンタテイメント性にも優れたMy PCに「Eight children」をセットし、ヘッドホンで聴き始めたのでした…。
ふと我に返るとキーボードを打つ手はすっかりとまり、頬杖をついてあらぬ方を見てうっとりしている自分。
江崎さんの声をこれまで単独で聴いたことがなかったけれど、こんな美声の持ち主だったとは。
1 家路
Lyrics & Music: Toshiko Ezaki
A.Piano: Hitomi Takeuchi
もちろんこれが一番聴いてみたい曲でした。江崎さんの歌声とピアノだけのシンプルな演奏。
中孝介さんの「マテリア」のトラックのアレンジが私は大好きで、イントロが流れただけでいろんな思いがこみ上げるのだけど、たとえばその羽毛田さんがプロデュースしたトラックを魅力的にラッピングされた極上のお酒だとすると、このトラックは樽からくみ出して「ほら、飲んでごらん」と差し出されたそのお酒…うーん、下戸の私にはこの表現はムリがあるか。何が言いたいかというと、巷に流れる音源としては中さんのマテリアトラックはとても人を惹きつけるものがあります。しかし生みの親である江崎さんが歌うと、「家路」は違った色彩を放ちます。もし楽曲自体に「本当の意味」というものがあるのなら、江崎さんの歌を聴いていると「あ、この歌はそういうことが伝えたかったのか」ということを感じ取れるのです。おそらく、楽曲の放つパワーのベクトルと、歌い手の気持ちのベクトルが完全に一致しているんだろうな、とその時感じました。楽曲は生みの親の手を離れれば、それぞれの解釈で表現されるのが当たり前だから「本当の意味」というのはあまり重要ではないのかもしれませんが、聴き手としてはとても気になるところです。
そして、男の人の声と女の人の声では同じ言葉も違って響くんだ、と感じました。たとえば、「ここへ戻っておいで」と中さんが歌うとき、とても普遍的なことを歌っているように聞こえます。いろんな人のたどる、いろんな家路が見えるのです。でも、江崎さんが同じフレーズを歌うとき、明確な誰か、具体的な誰かを想像してしまうのです。あくまで主観ですけれども。
いずれにしても、初めてはっきりと聴いた江崎さんの声は美しかった!そして、歌手は決して自分が作った歌を歌う必要はないとは思うけれど、やはり歌手の究極の理想形は「シンガーソングライター」なんだろうな、と感じた1曲でした。
2 愛する人達
Lyrics: Mie Nihikawa Music: Toshiko Ezaki
A.Guitar: Junzo Shimogai, Kamara Kimura
W.Bass: Mitsuaki Hara
Percussion: Koichi "Cico" Inoue
Cajon: Ayuko Ikeda
Background Vocal: Toshiko Ezaki
この楽曲はどなたに提供されたものなのか知らないのですが、明るくさわやかなメロディの、愛の歌です。江崎さんが1人で多重録音しているコーラスが本当に美しい。
CDを聞き終わった後、けっこうこの曲が頭の中を駆け巡っていることが多かったです。それほどに受け入れやすいメロディ。人に愛されていることのありがたみに気づき、その人の幸せが祈れるようになったとき、人は大人になったと言えるんだろうな。
3 思い出のすぐそばで(Instrumental)
Music: Toshiko Ezaki
Keyboards: Toshiko Ezaki
A.Guitar: Kamara Kimura
W.Bass: Mitsuaki Hara
Percussion: Keith Hills
Cymbal: Kiyoshi Kakitsubata
映画「着信アリFinal」のエンディングテーマとして原作者の秋元康さんが作詞し、江崎さんが曲を提供した、中孝介さんのヒット曲。このアルバムではインスト曲として、江崎さんのボーカルはハミングになっています。本当は歌詞も歌ってほしかった…。本当に美しいメロディです。これを聴くと、いかに江崎さんが優れたメロディーメーカーかがわかります。
4 おぼろ月夜
Lyrics: Tatsuyuki Takano
Music: Teiichi Okano
Arrangement: Hitomi Takeuchi
A.Piano: Hitomi Takeuchi
あまり訓練されていない歌手がこういう唱歌とか国歌とか、クラシック的テクニックを必要とする歌を歌うのを聴くと「く、やめて…」と思ってしまいますが、やはり江崎さんはプロのボーカリストです。ちなみに、私が仕事の手を止めてうっとりしてしまったのは、このあたりです。
5 It's all right
Lyrics: Rannen
Music: Toshiko Ezaki
E.Piano: Tetsuya Hataya
Background Vocal: Toshiko Ezaki
「私がそばにいるから大丈夫!」という応援ソングです。作詞の蘭燃さんがご自分のお子さんを見て書かれたのかな、とも思える歌詞ですが、それにゆったりしたリズムの、音域の幅の広いメロディがつけられています。歌が上手じゃないと歌えない歌ですが…。このボーカル、ファルセットとミドル・ボイスの切り替わるあたりの感じが、すごく好きです。
6 空になろう
Lyrics & Music: Toshiko Ezaki
E.Piano, Keyboards: Toshiko Ezaki
A.Guitar: Junzo Shimogai
F.Bass: Kazuyoshi Yamauchi
Violin: Hijiri Kuwano
Percussion: Koichi "Cico" Inoue
Background Vocal: Toshiko Ezaki
新潟中越地震応援歌として、新潟出身のヴォーカリスト蘭燃さんに提供された曲。蘭燃さんは各所でチャリティーライブを開き、この歌を歌ってらっしゃるようです。
被災者の本当の苦しみや恐怖は当事者にしかわかりません。でも、幸い(今回は)その運命に飲み込まれなかった人々にできる最善のことは、その苦しみを自分のこととして感じようと努力すること、そして飲み込まれてしまった人々がまた普通の日常を取り戻せるように祈ることなのかもしれません。関西出身で、おそらく阪神大震災を身近に感じられたであろう江崎さんの、被災者のデリケートな心情を思うやさしい気持ちがよく表れている歌詞です。
7 moontail
Lyrics & Music: Toshiko Ezaki
Arrangement: Hitomi Takeuchi, Toshiko Ezaki
A.Piano: Hitomi Takeuchi
Djembe: Keith Hills, Ayuko Ikeda
中孝介さんに提供し、「マテリヤ」に収録された楽曲。羽毛田さんのとってもハードボイルドな男っぽいアレンジが印象的な歌ですが、江崎さんが歌うと全然違う歌に聞こえる!そのギャップはこの歌が一番かも。こんな歌も作れるんだ〜、と感心しきりな1曲でもあります。こういう歌詞とメロディが浮かぶときの江崎さんの心に浮かぶ風景を見てみたい。
8 真昼の花火
Lyrics: Junji Ishiwatari
Music: Toshiko Ezaki
Arrangement: Hitomi Takeuchi
A.Piano: Hitomi Takeuchi
W.Bass: Shou Iwata
Percussion: Ayuko Ikeda
同じく中孝介さんに提供され、前出の「思い出のすぐそばで」と両A面シングルとして発売された曲です。中さんのコンサートでは、ア・カペラでトップに歌われることが多い歌ですが、ほんっとにすばらしい曲です。私はもうダイダイ大好きです。まさにライブのトップを飾るにふさわしい、美しく華のあるメロディ。売れっ子作詞家のいしわたり淳治さんが江崎さんのメロディに歌詞をつけたそうですが、このメロディを聴いたらイマジネーションがわんさか湧いたんじゃないかなぁ…(あくまで想像ですが)江崎さんの声で聴くのもすごくいいです。文字を太くして伝えたい!
考えてみると、中さんがこの曲を歌うのを聴いたときって、アコースティックピアノの伴奏だけの場合がほとんどだったので、このアレンジと近い感じです。あぁ、こみあげてしまう…。
9 七つの子
Lyrics: Ujyo Noguchi
Music: Nagayo Motoori
Arrangement: Hitomi Takeuchi
A.Piano: Hitomi Takeuchi
美しいソプラノで童謡をしっとりと。あれ?「Eight children」引っ掛けてます?なんてことはこのさい気にしないで(笑)
10 なつかしゃ
Lyrics & Music: Toshiko Ezaki
E.Piano: Toshiko Ezaki
A.Guitar: Hideyuki Shimizu(fulare Pad)
Ukulele: Daisuke Maeda(fulare Pad)
これも中孝介さんに提供された楽曲。ミニアルバム「なつかしゃのシマ」に収録されました。「なつかしゃ」とは、中さんの出身地奄美大島の方言で、心の琴線に触れるような感動を覚えたときに使う言葉だそうです。「なつかしゃのシマ」では中さんがまるで自分で歌詞を書いたみたいに自分のものにして歌っているので、てっきり自作詞だと思っていたのですが、歌詞も江崎さんの作品でした。それぞれの作品から、いろんなことへの感謝を忘れない心根の持ち主であることが汲み取れる江崎さんの価値観と、奄美の自然や人との関わりを大切にしている中さんの価値観がぴったりあった作品だと思います。両方を聴き比べるとそれがとてもよくわかります。
(投稿者:kingyo 投稿日: 080417)